善意のお金の向かう先

読売新聞で、象牙に関する記事を読んだときに、20代の一時期、足掛け2年ほどですが、統一協会というカルト宗教にかかわっていたときのことを思いだしました。

純粋な使命感で、2年ほど、その活動に邁進していたのですが、世間でも騒がれた霊感商法で、統一協会は象牙の印鑑を売っていました。僕自身は、そのことには直接の関与はしなかったのですが、象牙の印鑑は買いました。

当時の僕は、それを買うことは、良いことだと思っていました。もっとも、買うとは言わず、授かる、という言い方をしていましたが。

客観性のある賢さが大切

多くの象が、その象牙のために殺されていることは、あとで知りました。

僕がアルバイトなどの労働で貯めたお金で買ったその象牙は、間接的に像を殺すことに加担したことになります。

僕としては、善意で出したお金でした。別に印鑑が欲しかったわけではなく、すでにそのときには、統一協会に洗脳されていましたから、僕の差し出す献金が、良いことに使われることを確信していたのです。

僕の中では、そのお金は、ユートピア建設のために使われているはずでした。しかし、実態は、教祖家族の贅沢な暮らしをはじめとした不純なことに使われていました。それだけでなく、象牙消費の加担が、象の殺害へとつながっていたのです。

もう30年以上も前のそんな体験を思いだし、改めて、近視眼的な賢さではなく、客観性のある賢さが大切であると思い直しました。自分のわずかな消費が、その後どのような影響を及ぼすのかを考えることは、誰にとっても大切ではないでしょうか。

二つのカルト宗教での体験から消費行動を考える

僕は、統一協会と幸福の科学という二つのカルト宗教を体験しているので、カルトがどういうものかは、実体験を通して知っています。統一協会と幸福の科学は、まったく違うタイプのカルト宗教ではありますが、どちらもカルト宗教特有の共通性もあります。

それは、教祖を、絶対視している点です。統一協会と幸福の科学はタイプこそ違いますが、教祖への個人崇拝の宗教である点は変わりません。

盲目的な個人崇拝は、仏陀釈尊の説かれた八正道の正見から、最も遠い位置に信者を誘導していきます。文鮮明は再臨主を自称し、大川隆法は再誕の仏陀を自称していますが、彼ら二人こそ、イエス・キリストとゴータマ・シッダールタから最も遠い、執着だらけの存在です。

多くの人は、カルト宗教とは無関係に生きているかと思いますが、自分が消費するその経済行為が、巡り巡っていかなる影響を及ぼすのかを考えることは、大切であると思います。

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントの入力は終了しました。