厳かな日々と、今後の在り方

ときどきですが、非常に厳かな気持ちになるときがあります。これは周期的に訪れるものなのか、あるいはそれ以外の法則性があるのかわかりませんが、ここ数日、おそれ多いような気持になっています。

別な言葉で言うと、非常に内省的になっており、このようなときは魂の求めに応じて、静かに自己を見つめる時なのだと思います。思えば、僕も今月59歳になります。介護離職をしていなければ、いよいよ来年が定年です。

今後の30年について

僕は今、とても幸福なので、不満はひとかけらもありません。今後は、死に向かって、静かに時を重ねていくのだと思っています。

現在、特に病気もなく、平均寿命までは、まだ20年ほどはあります。僕の父は、89歳で他界しましたので、何となくですが、自分もそのくらいまで生きるのかな、とは思っています。

すると、仮定の話ですが、僕に残された時間は、まだ30年は、あることになります。この30年を、どう有意義に、自分が納得できる生き方ができるかが、すべてです。それだけが、僕が考えることです。

カルト宗教での経験を生かして

僕は長年、宗教団体というものにかかわってきたので、宗教団体がどういうものかは、実体験で分かっています。

実際にかかわった宗教団体、世界救世教、統一協会、幸福の科学、において、それなりの情熱を持って活動してきました。ここに、僕は、運命的な必然性を見出しています。

僕の好きな言葉に、「一隅を照らす」、という言葉があります。これは、最澄の言葉だったでしょうか。

それともう一つ、「抜苦与楽」、という言葉も好きです。苦を抜き、楽を与える、ということで、とても良い言葉です。

僕は、もし可能であるならば、カルト宗教で苦しんでいる人の助けになりたいと思っています。僕が経験したカルト宗教は、統一協会と幸福の科学だけですが、そこでの実体験から、貴重な普遍性を学んでいます。

つまりそれは、カルトには共通するパターンがあるということです。ちなみ、世界救世教はカルト宗教ではありません。

人の善意を消費するカルト宗教を滅尽したい

カルトを論じると長くなるので、この辺にしますが、人の善意を消費するカルト宗教は、シルバーバーチが激しく糾弾するように、実害が甚だしいのです。

しかし、現時点でカルト宗教にどっぷりと浸かり込んでいる人間には、僕が何を言っても、馬の耳に念仏でしょう。ここは、知恵が必要です。

結局最後は、善意、しかないように思います。動機が、すべてなのです。たとえ恨まれても、少しずつでも真実を伝えていかなければ、僕自身が後悔します。

ただ、その前に、僕自身が謙虚に反省し、少なくとも、一人の人間として、誠実に生きなければ、と思っています。

まずは自分が、カルト宗教を離れたあと、「100倍も幸せである証拠の実在」として、生きる義務があります。そのように生きてこそ、シルバーバーチも微笑んでくれるでしょう。

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