滝に打たれるのも修行だけど痴漢冤罪リスクに怯えながら満員電車に揺られるのも修行じゃね

僕がサラリーマンだったころ、ときどき思ったのは、下手な宗教家よりも、サラリーマンのほうがよっぽどきつくね、ということ。

たとえば、カトリックの神父。

まあ、半分、公務員みたいなもんでしょ。戒律はあるのでしょうが、慣れてしまえばそれなりにできるんじゃね、と。カトリックはミサなので、儀式ばっている割に、説法能力はあまり必要なさそうです。

プロテスタントの牧師となると、それなりに説教能力が必要でしょうが、これも、主たる仕事は、日曜日の説法くらい。あとは、何をやってるんだか、のんびりしたもんだと思いますよ。勿論、これはあくまでも、サラリーマンに比べたら、の話ですけどね。

勿論、食えない牧師などは、他にアルバイトをしている例もあると聞きます。どこの世界も、格差はありますよ。

仏教系なんかも楽なもんで、そこそこの檀家を抱えた坊さんなら、葬式の読経代だけで、楽勝で食えるでしょうね。

僕の家でも、3年前に亡くなった父のときと、去年なくなった母のときに、檀家の縛りで、同じ坊さんに読経してもらいましたが、トータルで58万円も読経代としてお布施しています。

ちなみに、これは純粋な読経代だけの話で、これ以外に暗黙の車代や食事代もあり、それらを入れたら、さらに多くの金額を坊さんに渡しています。

どれほどお布施を受けても、宗教法人だから無税。一定数の檀家を抱え込んでいれば、その既得権益で、楽勝で飯が食えるという寸法。

この坊さん、車も2台持っていて、どちらも外車です。で、大した仏教知識もあるわけではなく、人に法を説く力もない。

一方、サラリーマンは、たとえば僕の例で言えば、往復4時間近くの通勤時間で、懸命に働いて、家のローンを払ったり、生活したり。

その上、電車に乗れば、痴漢冤罪のリスクもあると来たもんだ。坊さんがのんきに昼寝こいている時間も、こちとらは働いているんだぜ、とね。

だから、滝に打たれるのも修行だけど痴漢冤罪リスクに怯えながら満員電車に揺られるのも修行じゃね、と、僕は言いたいのですよ。

中には、滝にも打たれず、女のケツを追い回す生臭坊主もいたりして、ほんとにサラリーマンは、税金ばっかりしっかり取られて、最大の修行者ですよ。

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