お金を使わなければ楽しめない人は頭悪すぎ

退職金1億2千万円、年金月30万円、それに加えて不動産収入がありながら「金がない」と不平を言っていた元宮司は、姉を殺して自害しました。

ときどき、お金を使わなければ楽しめないという人種がいます。僕が不動産会社にいた30代の頃に、そのような人を何人か見かけました。

自己重要感を満たすために

まあ、すべてがこのパターンに当てはまるとは限りませんが、お金を使わなければ楽しめない人は、往々にして、お金を使うという行為によって、自己重要感を味わっているのだと思います。

そうなると、なるべく派手にお金を使い、羽振りのいいところを見せることが、自己証明になります。

金払いのいい人はもてはやされますから、確かにそのときは、気分がいいでしょう。

しかし、使えばなくなるのが道理なのは、お金も同じです。元宮司も、普通に暮らしていれば、困るようなことはまったくなかったはずです。その最後が、姉を殺し、妻とともに自殺では、愚かさを超えて、コメントすらありません。

足元の幸福を見つめる

良寛和尚などは、子供相手に手毬をして、十分人生を楽しめた人です。僕は、手毬こそしませんが、たとえば、川などに行って、川の流れを見ているだけでも満たされます。

また、図書館で借りてきた本を、部屋でゆっくりとコーヒーでも飲みながら読んでいるだけで、満ち足りた気持ちになります。

承認欲求の強すぎる人間は危ない

元宮司に限らず、足ることを知らない人間は、ブラックホールのようなものです。もっと欲しいと言っているうちに、その欲望の坩堝に自身が取り込まれていきます。

それと、承認欲求の強すぎる人間も、始末に負えません。

これは、カルト教団の教祖などに見受けられます。信者から崇められ、さらには、全人類から崇められたいと思っているカルト教祖などは、サイコパスの極みと言えるでしょう。

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