氷河期世代の消費は抑制的にならざるを得ない

どの時代に生まれるか、あるいは出くわすかで、人の人生は大きく左右されます。たとえば僕は戦前に生まれたら、軍国主義の教育を受けて、特攻隊に志願していたかもしれません。

ことほど左様に、人は環境の影響を受けやすいし、時代精神とも無縁ではいられません。僕などは、しらけ世代と呼ばれていましたが、そのような呼び名は好きではありませんでした。

氷河期世代の大変さを理解すべし

おおむね1970年から82年に生まれた人たちが、経済においては割を食っていると思います。彼らは氷河期世代とも呼ばれますね。

大卒求人倍率が低下した1993年から2004年ごろに就職活動をした人たちが、その氷河期世代に当たるかと思います。

100社に応募してやっと面接までこぎつけても不採用では、嫌になって当たり前です。まだ社会に出る前の仕打ちとしては、酷すぎるのです。

日本企業の悪癖というか、新卒一括採用というのがありますが、まさにここのエントリーでつまずくことの恐怖心は、察するに余りあります。

最初のボタンの掛け違えは、あとになるほど効いてくる

彼らをさらに苦しめたのは、親や親戚からの心ない言葉でしょう。特に、高度成長とバブル経済しか知らない親の中には、子供の置かれている状況がわからずに、子供を叱責するバカ親もいたかもしれません。

これでは子供は八方塞がりです。苦労していい大学を出ても、その先の出口がふさがれているわけですからね。

そして多くの若者が正社員になれず、不本意な非正規採用へと流れます。最初のボタンの掛け違えは、あとになるほどその差異の大きさに愕然とさせられます。

日本は、なかなか挽回がきかない国のように思えます。一度道からそれてしまうと、元居たはずの大通りに戻りにくいのです。多くの氷河期世代が、そのような悲哀を味わったことでしょう。

僕が若い頃は

僕などは高卒で、バブル景気のときは二十代後半から三十代前半で、浮かれる世間を横目で見ながら、金のない日々を送っていました。女たちがジュリアナでケツを出して踊っていたときに、一人本を読んだり、空を見ていたりしていました。

バブル時代の日常は、僕には乱痴気騒ぎにしか見えませんでした。僕と同じように感じていた者たちの一部が、オウム真理教などのカルト宗教に流れていったのかもしれません。

氷河期世代の中にこそ実は優秀な者がいた可能性

まあ、そんなことより、氷河期世代の若者たちです。彼らはすでにもう相応の年になっており、本来ならば社会の中核を担うべき年代です。しかし、彼らの多くが、結婚もできないような経済状況に置かれています。

彼らの悲しみは、やがて国に対して大きな反作用となるでしょう。少子化の拍車です。仕方ありませんね。彼らを冷遇し、所帯を持てるような賃金を与えなかったのですからね。

まあこれは、誰が悪いということではなく、グローバル化の流れの中でのひずみと言うか、めぐりあわせの部分もありますが、彼らは総じて収入も少ないので、消費にも消極的にならざるを得ません。

彼らの中にこそ、実は優秀な者が多くいたように思うのは、僕だけでしょうか。

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