生活を人質にとられて社畜に飼いならされることを怖れて

僕は、子供は嫌いなほうではありません。

先日の同窓会で、「M君なら、いいお父さんになれたと思う」と何人かの女子に言われました。

ちなみに、Mというのは、僕の本名の苗字の頭文字です。

で、そう言われてみると、子供がいたら、子供の教育には熱心だったかもしれません。

がり勉を強要するとか、塾に行かせるとかではなく、自分の哲学を教え込もうとしたかもしれません。

まあ、それはさておき、僕が結婚しなかった、できなかったのは、ひとえに、臆病だったからだと言わざるを得ません。

もし、できたとしたら、勢いのある20代前半でしたね。

それ以降は、だんだん自分のダメさ加減がわかってきて、とても妻子を養う甲斐性はない、と思っていましたから。

何よりも、生活を人質にとられて社畜に飼いならされることを怖れていたのだと思います。

こんな甲斐性なしの僕でも、妻子のためとあらば、かなりがんばると思います。

でも、どんなにがんばってもダメなときもあります。

最悪、過労死の可能性もあります。

僕は、自分の弱さを知るようになってからは、とても臆病になっていました。

だから、結婚するとしたら、20代前半の、まだ、恐れを十分知らず、自己認識も甘いままだったときであれば、可能性はありました。

ただ、そうした場合、その後の苦労は目に見えていますが。

いずれにせよ、僕はずっと独り者で、それで今は幸せなのだから、何の不満もありません。

あとは、自分に残された時間を悔いなく生きるだけですからね。

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