社畜時代は時計の奴隷

社畜時代は時計の奴隷 だったかなあ、と僕の友人が言っていたことがあります。

まあ、同窓会でのことでしたけどね。

彼は、長いこと銀行、まあ銀行名は伏せますが、地銀に勤めていました。

まあ、社会人ともなれば、時間を守ることは大切ですが、 時計に支配される生活は病的 である、とも言えます。

だって、常に時計を気にして、時計を見て、だからこそ、多少良い時計を所有したい、とも思うのでしょうかね。

男性だと、宝石に興味のある人は少ないのですが、時計にはこだわりがある人がいます。

私は、規則的な時間と規則的な習慣を、人間に対する最大の侮辱だと考えた……誰もが大きな不満を抱いていた。というのも、自分たちの好きなときに出入りできず、自分たちが望む休暇を取ることもできず、かつて行っていたのと同じことを続けられなかったからであり、仕事が終わったあとも、同僚の意地悪な監督の対象となったので、制度全体が完全に嫌悪の的になり、私もそれをこわさざるを得なかった。(無名の靴下製造業者)

うーん、労働者は、昔から時計に支配されていたのですねえ。

社畜人生に不安がつきないのは、会社に生活を依存してるからです。

脱会社は、時計からの脱獄、でも、あるのかもしれません。

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