生きることに必死だと、存在の虚無を感じない

暇を持て余すとろくなことを考えない、という言葉を聞いたことのある人は多いのではないでしょうか。確かに人間というものは、生活の不安がなくなると、今度は別の心配や不安にとらわれる傾向があるのかもしれません。

今は、生き抜くことに集中

親の介護をやり終えた今の僕は、生き抜くことに集中しています。7月11日から始めたアルバイトですが、それにも徐々に慣れ、生活にリズムが出てきています。

ただ、一か月更新の雇用形態なので、長期雇用の保証はありません。しかし、住宅ローンはまだあと10年あります。

現在59歳で、63歳になれば、年金の報酬比例部分がもらえるので、まずはそこに到達することが第一の目標です。その報酬比例部分ですが、5万円に届きません。

四捨五入して5万円で計算したとして、今のアルバイト収入にそれが加算されれば、少しだけ、生活に余裕が出てきます。

それでも、63歳時点では、まだ住宅ローンは終わらないので、気を抜くことはできません。

適度な労働をしている今のほうが充実

仕事はそれなりに大変ではありますが、何もしていなかったときよりも生活にリズムができ、充実感があります。疲労の仕方も、仕事をしていないときよりも心地よい疲労です。

何もしていないと言っても、親の介護はしていたわけですが、同時に親の年金で生活はできていたわけで、自分で稼ぐ必要はなかったのです。

何だか今は、少し年齢が若返ったようにも感じています。それは社会とかかわり、多少なりともその片隅で生きている実感があるからなのかもしれません。

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