持ち物はほどほどでいいし、所有するお金もほどほどでいい

人間も動物の一種と考えれば、必要なものはねぐらと食料です。ねぐらとは、つまり、住むところ、住宅ですね。

動物の番組を見ていると、まずは巣を大切にします。あるいは、縄張りですね。あとは、食料の確保です。食をめぐって、争ったりしている映像をよく見たりします。

人間も、領土を争ったり、利益を争ったり、動物ほど単純ではありませんが、なんだかやっていることは似ています。

以前にも少し書きましたが、もう50代なので、今更身体的成長はなく、今持っている衣類で、残りの人生を過ごせます。ということは、衣料品代が限りなくゼロということになります。

住宅ローンは返済が終わる時が来る

動物のねぐらに当たるところの住宅については、現在住宅ローンを返済中なので、これだけがわずかながら僕の人生の負荷となっています。しかしまあ、そこそこの一戸建てで、これをもし賃貸で借りるとすれば、田舎であれば、5万円、都内であれば、10万円以上はかかるでしょう。

賃貸には、ゴールがありませんが、住宅ローンは返済が終わる時がきます。返済さえ終わってしまえば、賃料はかかりません。あとは固定資産税と浄化槽の清掃と管理と検査費用ぐらいです。

さいわい、長らくホテルの設備管理の仕事をしていたため、建物の維持管理については、素人ではありません。これは、今後の武器になります。

住むところの心配さえなくなれば、あとは、食べることだけです。動物の基本ですね。もちろん、健康であることが前提です。

ストレスのない生活がいちばん

僕の浅はかな知識の中の話ですが、ストレスなくのんびり生活できれば、そう簡単に病気になることはないように思います。油断はいけませんが、穏やかな心で、規則正しい質素な生活をしていれば、健康生活はそう難しくはないと思っています。

つまり、なまじお金があって欲にまみれた生活を送るよりも、質実剛健なローコスト生活のほうが、より大きな視点から見ると、利があるのではないか、と思うのです。この利は理でもあります。

お金の深追いは危険

お金は必要なだけあればよい。あまり深追いすると、むしろ危険です。

まして、人生の晩年を迎えようとしている今は、いろいろなしがらみや欲望から離れなければならないという思いがあります。執着があると、死ぬときに苦しむでしょう。

いい人生だったと思えるためにも、持ち物はほどほどでいいし、所有するお金もほどほどでいいのです。

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