この世を生きることは旅のようなもの

若い頃は躁鬱の気のあった僕ですが、今では落ち込むことは滅多にありません。基本は、さらさらと生きています。

それは、この世を生きることは旅のようなものだ、と思っているからなのかもしれません。命には限りがあり、この世にいる時間は束の間です。そう思うと、何かに固執したり、執着したりすることが空しくなるのですね。

仏教的には諸行無常と言いますが、この諸行無常を理解するように努めることで、ずいぶんと生きることが楽になりました。

それでも、体調が悪くなると、苦しいものは苦しいので、苦を感じることはあります。お釈迦様も、毒キノコに当たって死んだくらいですから、毒の苦しみは味わったと思います。

そうした苦も、受け入れる気持ちが大切なのでしょう。

ただ、そうは言っても生身の人間、体調の悪いときは、辛いです。そしてその辛さは、独り身であることが拍車をかける場合もあります。

「咳をしても、一人」という句がありますが、見事に孤独をあらわしていますね。

さっぱりした心で生きる

僕は、孤独には強いほうだと自負していますが、これからどんどん年を取るにつれて、いろいろな不如意なことも、起こってくるでしょう。それは、覚悟しています。

不如意な状態になっても、さらさらとしたさっぱりした心で生きることが、今後の修行になってくるでしょう。

長らく、宗教を転々としていたので、それは、今思えば、無駄にはなっていません。

今は、いかなる宗教団体にもかかわりはありませんが、荘厳な宇宙法則は信じています。

それで十分です。

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