横歩きの転職多き人生は、定年後こそ強い

放送大学が、興味のある話をしていました。

それは、定年後の男性の居場所、みたいな話でした。大学の講義ですから、もっときちんとしたタイトルなのだと思いますが、何しろこちとらは、家事をしながらの、聴講なので、そんなことはどうでもよろしい。

大手私鉄が開発したベッドタウンを例にとり、そこの大半の住人はサラリーマン家庭で、旦那は東京に通勤、妻は地元で、それなりに活動。

で、妻のほうはその地元にコミュニティーを持っているが、仕事しかしてこなかった旦那のほうは、定年退職後、地元に居場所がなく、云々、と。

まあ僕の住む埼玉県で、大手私鉄と言って思い浮かぶのは、西武鉄道と東武鉄道なのですね。

そして僕は、高校を出るまで住んでいたところでは、西武鉄道に世話になり、そののち父とともに引っ越した今の家では、東武鉄道に世話になって、まあ、どちらの沿線もよく知っています。

その講義の中で、私鉄大手が開発したベッドタウンにおける、定年後の孤立した旦那たちの日々が、語られていたのですが、僕も家事をしながらの「ながら聴講」なので、おおざっぱな理解ではありますが、仕事しかしてこなかった会社人間の悲哀を、思ったりもしました。

会社という組織に所属することで、肩書とか名刺とか、社会的な承認を与えられることでアイデンティティを感じていた人間は、丸裸にされると弱いなあ、と思いましたね。

僕のように、学歴なしの、横歩きの転職多き人生は、定年後こそ強いのですよ。もともとが根無し草ですから、肩書なんかに頼ったことはありませんから。

前職のビジネスホテルでも、その前のビル管理会社でも、名刺すら与えられませんでした。

でも、それでいいのです。丸裸で、人間はなんぼですよ。飾りは要らないんです。

まあ、居場所もへったくれもないもんで、

「好きに生きればいいんじゃね、せっかく社畜生活から解放されたんだから」

僕が講義をすれば、この一行で終わりです。

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