何ごとにつけ減らしていけば、それだけ人生は楽になる

これは、老子の、減らしていって無為に至る、という教えからの、僕なりの解釈なのですが、この世的価値観とは真逆の発想です。

・学問を修める者は日ごとに知識をふやしていくが、「道」を修める者は日ごとに減らしていく。減らしに減らしていったその果てに、無為の境地に到達する。そこまで到達すれば、どんなことでもできないことはない。
(学を為むる者は日に益し、道を聞く者は日に損す。これを損してまた損し、以って無為に至る。無為なれば則ち為さざるなし)48章

齢60になった僕は、まさにあらゆるものを減らしていく時期に差し掛かっているのかもしれません。

たとえば、

交際を減らせば、それだけ、揉め事から遠ざかることができます。

口数を減らせば、非難を受ける機会も減ります。

自分が管理する事柄を減らせば、それだけ心の疲れがなくなります。

一方、減らすことを考えず、増やすことばかり考えている人は、この人生を、どんどんがんじがらめにしているようなものです。

若い人であれば、拡張の時期ですから、それも仕方ありませんが、少なくとも高齢期に差し掛かったならば、人生の縮小を、考えるべきなのです。

そして、心の負担を軽くして、死ぬ時期が来たらあっさりとこの世からオサラバするのがよろしいかと。

元の名宰相、耶律楚材は、「有益なことを一つ始めるより、有害なことを一つ取り除くことのほうが、大切である」と言いました。

あるいは、こうも言いました。

「新しいことを一つ始めるよりも、余計なことを一つ減らすほうが重要である」と。

事程左様に、減らすことは価値があることなのだと、改めて思う今日この頃です。

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