「何も成さない」ことの価値について

書店に行くと、意識高い系の本が並んでいるコーナーがあったりしますね。

まあ、僕はあれを見て、バカじゃね、と思うほうなのですよ。

実は、かつての僕がそうしたタイプの馬鹿だったので、余計、そう思うのかもしれません。

まあ、一生懸命時間効率を上げて、稼ぐ力を高めて、頑張ってくださいね、と言っておきましょう。

結婚も成さず、子も成さず、仕事での成功も成さず、世間に何も爪痕を残さず、死んだら一秒後には僕の生きた証は全て無くなっているような、そんな生き方に価値を置いている僕にとって、意識高い系の本は、安っぽく見えて仕方がありません。

誰かに認められたいだとか、世間から忘れられたくないだとか、そういう欲求があるから、人は様々な苦労をして幸せから遠ざかって行くんです。

まあ、端的に言うと、自分が走っているつもりで、走らされている人生、とでも言うのでしょうか。

わかるかなあ、わかんねえだろうなあ、というギャグが昔ありましたが、これをわかる人は、少ないかもしれません。

まあ、少なくていいんですよ。

みんなが世捨て人になったら、世の中は回っていきませんから。

馬車馬のように働いてくれる人がいるおかげで、世捨て人の生活も成り立つのですからね。

何も成さない人生を成す、そのことの奥行きがわかってくると、人生の悩みの大半は消えていきます。

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