変哲のない日常を喜べる人は幸せ

僕は、自分が無名の平凡な一市民であることを、心から幸福に感じています。

さらに言えば、容姿もいたって平凡、身長はやや低め。

こういうスペックだからこそ、どこに行こうが、注目もされず、放っておいてもらえます。

これが下手に、テレビなどに出ている人であれば、自意識がいやがうえにも過剰になるのではないでしょうか。

それって、疲れますよね。

何にせよ、疲れることは、僕は嫌いです。

体を動かして、生物学的に疲れるのは致し方ありません。その疲れが、心地よい眠りを誘引したりもするので、これは良い疲れです。

そうでない疲れ、くだらない精神的な疲れ、人間関係とか、諸々の、寝ても取れない疲れは、いただけません。

僕もこれからさらに年を取り、毎日を平凡に暮らすのでしょうが、平凡な日常にこそ、喜びを見出している僕にとっては、まさにそのような変哲のない日常こそが喜びであり、幸福であるわけです。

人によっては、それを退屈だと思う人もいるかもしれません。

変哲のない日常を喜べる人は幸せです。

それは、一つの才能でもあるでしょう。

ということで、つくづく、平凡で良かったと思う僕なのでした。

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