家にいることが幸せなら、幸福の8割は確保している

幸福の根本は、心身ともに健全なことです。これは、大前提ですが、まれに、病気であっても幸福を維持している人がいます。そのような悟りの高い人は例外的ですから、ひとまず横に置きます。

そしてその心身ともに健全であるという大前提に立った上で、幸福とは何かを考えたら、「自分の家にいることが楽しいと思えること」ではないでしょうか。

自分がいる場所の快適さについて

大豪邸であっても安アパートであっても、そのような箱モノに関係なく、自分がいる場所が快適であれば、幸福なのです。そして快適であるためには、物心両面の快適さが必要であることは言うまでもありません。

僕には、都内の安アパートに住みながら快適に暮らしている友人がいます。彼がそこを快適に感じる主因は、家賃の安さと利便性です。

住居費を安くすることで、必然的に使えるお金が多くなり、その金銭的余裕が彼の生活を快適にしているのですね。

お金に余裕がないと、快適な住環境があって苦しくなる

たとえば、そこそこの一戸建てなりマンションなりに住んでいても、住居費に収入の大半を食われていたら、せっかくの快適であるべき住環境も、心からは喜べません。

生活費に余裕がないと、その快適さも心からは楽しめません。無理な住宅ローンを組んだりした場合には、起こり得る現実です。

家族仲が悪いと豪邸でも地獄

また、大邸宅に住んでいても、家族間の人間関係が悪ければ、それも幸福とは程遠いでしょう。

傍から見ればうらやましいほどの大豪邸であっても、その中身が修羅の現場であるならば、それは地獄です。

幸福はいつも足元にある

たとえ小さな借家に住んでいても、そこで家族が仲良く暮らしているならば、そこがユートピアです。幸福はいつも、そして誰にとっても、足元にあります。

家にいることが幸せならば、あるいは安らぎを感じられるならば、幸福の8割は確保していると言えるでしょう。あとの2割はおまけの幸福ですね。

たとえば、もっと出世するとか、もっと収入が増えるとかね。まあそれは蛇足とまでは言いませんが、血眼になって追い求める幸福ではないように思います。

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