どこまで行っても大切なのは自分の人生、自分の幸せ

お金や、経済というものを考えることは、とても大切だと、思っています。

何と言っても、生活を根底で支えるものがお金をはじめとした経済であり、幸福というものも、その経済基盤を無視しては成り立たないと、考えるからです。

そこで大切になってくるのが、自分にとっての必要額、を見定めること、だと思うのです。

老後に2000万円必要との試算は、参考意見の一つにはなりますが、それ以上のものではありません。

で、どこまで行っても大切なのは自分の人生、自分の幸せ、なのですよ。

自分の人生や自分の幸せに責任を持てる人だけが、他人様の幸せににも、多少はアドバイスができるのだと、思っています。それもおせっかいにならない程度の、ね。

僕の場合は、経済規模が小さいこともあり、住宅ローンを除く平均的な生活費は、6万円。

今後さらに年を取っていくことを考えて、その分の上乗せをしたとしても、月8万円ほどで、ほぼほぼ普通の生活ができると思っています。

まあ、これは、僕にとっての普通であって、他人様から見たら全然普通ではないのかもしれませんが、僕の人生に責任を持つべきは僕であるので、僕は、月6万円乃至8万円ほどの生活が、普通だと、考えています。

それで、十分、安定的な幸福を得られるので、あとはストレスなく、のんびりアルバイトをしたり、辞めて休養期間を置いたりしていけばいいんじゃね、と、思っているのですね。

今はアルバイトもなくなり、予定のない自由な生活を満喫していますが、週1日程度のアルバイトはしてみようかな、と考えています。

適度に働くことは、社会とつながりを持つ意味でもプラスになるので、自分にとっても益になると、思っています。

幸福度が担保される金額というのは、十人十色なので、月3万円で暮らせる達人もいれば、月30万円ないと寂しい、と感じる人もいるでしょうね。 

で、これは、他人がとやかく言うことではないし、自分で決めること。

各自が、それぞれの状況に合わせて幸福な生活に必要な額を最適化していけばいいだけ。

つまり、自分が幸福に暮らせるための必要最低額を見極めて、それが維持される生活であれば、あとはあくせくしない、ということでしょうか。

実は、僕にとって価値があるのは、この、あくせくしない、ということ

そして、自分の時間が、たっぷりあること。

つまり、お金で得られる価値よりも、時間で得られる価値のほうを重視しているのですよ。

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