父の介護と会社と介護離職したあとの日々

僕の父は、85歳で緊急入院するまで、元気でした。自宅の前の貸農園の一部を借りて、畑仕事をしていたようです。

「していたようです」としか言えないのは、その頃僕は実家を出てマンション暮らしをしていたために、父の日々の様子はつぶさには知らないのです。

働き者で活動的だった父

60歳で会社を定年退職したあとも、現役時代に取得していた電気工事士などの資格を生かして、70歳くらいまで、ビル管理会社で働いていました。

その後も、旅行に行ったり、僕が勧誘してしまった宗教団体で活動したりと、活発な人生を生きていました。

ですから、85歳で入院するまでは、本当に病気とは無縁の人生でした。

85歳まで入院したこともない父でしたが、高齢のためか、入院後は急速に衰えていった印象があります。

会社勤めをしながらの介護生活

父の入院を機に、僕も自宅マンションを売り払い、実家に戻って、介護と会社勤めの生活になり、独身で兄弟もいない自分が、頑張らなければならない日々となりました。

会社での業務も大変で、往復4時間の都心への通勤も大変でした。そして、介護の生活です。ただ、父が入院していたときは、介護というよりも、お見舞いですね。

その間に、自宅をバリアフリーにするために、建て替えました。自宅を建て直している間は、同じ町内の別のエリアで借家を借りて住みました。

そして新しい家に、退院した父を迎え入れました。僕自身は、文字通り、会社勤めと介護の生活でした。それでも、父の要介護度が2のときは、会社と介護の両立は可能でした。

その後の再入院と要介護度5になっての退院

再入院後、要介護度が5になった父は、もはや自力でトイレに行くことができず、口から食べ物を食べることもできませんでした。

父が自宅に戻ってきたときには、「胃ろう」による栄養注入と、痰の吸引、オムツ交換などが必要でした。そのため、僕自身、会社員生活と介護の両立は不可能となりました。

父の退院前に、会社と話し合い、介護離職することになったのです。

定年まであと数年という時期だっただけに、つらいものがありました。しかし、同時に、父の人生の最後の時間を共に過ごせることも、ありがたい話に思えました。

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父の死と、誰もが死にゆく定めの自覚

父は90歳になる手前で、笑い顔で死んで行きました。平均寿命よりも、10年近く長生きしたことになります。そしてその人生は、概ね健康に恵まれていました。

僕自身も、父の人生の最後の晩年に、父と深くかかわることができたことは、良かったと思っています。

それと同時に、人は誰でも死にゆく者であり、生かされている間は、いかに健康というものが有難いかを痛感しました。父の晩年は、僕に、さらに深く考える時間を与えてくれたように思います。

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