在宅介護生活を振り返って

在宅介護生活を振り返ると、3年前に他界した父についてですが、よくぞ自宅で見送れたものだと思います。

その一つの大きな要因は、父が、大変我慢強い人であったからです。

13だか15だかで、この辺は記憶があいまいなのですが、僕のほうの記憶ですが、口減らしで北海道に奉公に出され、不如意を若くして経験していたことが、父の我慢強い性格をつくったのだと、推測します。

介護される側がわがままだと、おそらく、たとえ家族であっても、場合によっては、憎しみが生じることもあるでしょう。

ましてや僕のような、人格者でもない凡庸な男が、大変な介護を担わされたら、それでも、やり切れるかといったら、大いに自信はありません。

僕の場合は、ひたすら、ラッキーだったのです。

我慢強い父を持ったことが、そして、良い親を持ったことが、本当にラッキーでした。

最後は、人工呼吸器や痰吸引器、そして胃ろうからの注入と、人間的には、そうまでして生かすべきなのかという煩悶は、あとになって思うことで、当時は、といってもわずか3年前のことなのですが、毎日が無我夢中で、そんなことを考えることすらありませんでした。

そして昨年は、母を亡くしました。血のつながりこそない母でしたが、本当の親子のように過ごせたことは、幸せでした。

今後、自分も年を取り、自分の場合は、見取ってくれる人も、世話をしてくれる身内もいないので、まあ、覚悟は決めていますが、できるだけ、そうは言っても自宅で、眠るように死にたいとは思っています。

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