上司に対する不満を書いた日記を発見

日記などは、あらかた廃棄してしまったのですが、昨日、ひょんなことから日記を発見。

その日記には、上司に対する不満が書かれていました。

40代の頃の自分は、そんなことを考えていたのか、と、改めて思いました。

以下は、その日記から、です。

上司は、僕と同じ四十代で、年もひとつしか違わないのだが、とにかく仕事に圧力をかけてくる。つまり、簡単に言えば、人使いが荒い。荒いだけでなく、部下を競争させる。

しかしまあ、そこまでは良くあることである。さらに付け加えるとするならば、かなり言葉の暴力がひどい。だが、上司、確かに仕事はできる。

経営者である社長も、その仕事能力ゆえに、僕の上司に対してはいろいろなことを大目に見ている。簡単に言えば、暴君状態なのである。

誰も諌める者も注意する者もいないので、やりたい放題なのであるが、モチロン社長に対しての距離の取り方だけはわきまえていて、社長に対しても言いたいことは言うが、基本的には従順である。

社長に対して相当ストレスを感じているらしく、その分、部下に対する圧力が強くなる。部下が思い通りに動かないと、実に機嫌が悪くなる。それは如実に顔に表れるだけでなく、激しい口調となって口から出たりもする。

しかしまあ、そこまでは、僕としては、許容範囲なのだが、人を馬鹿にする態度はかなりのもので、僕もずいぶん馬鹿にされているが、たとえば、部下ではないほかの部署の人間を見下す態度は目を覆いたくなるほどである。

そんな時、僕はいちおう頷いては見せて聞き流すことにしている。同調などしようものなら、僕が言ったことにされてしまうだろう。そういうずるいところのある人でもある。

まだ、いくらでも書くことができるが、この辺にしておこう。

僕は、人生は、すべての局面において意味があるのだと思っている。僕の与えられている環境も、人間関係も、すべて意味があるはずだ。深い意味はわからなくてよいし、生きているあいだはきっとわからないだろう。

ただ言えることは、どんな相手の中にも、良いものを見いだしていこうという姿勢があれば、きっと相手に通じるし、たとえ通じなくとも、自分としては、相手からその良いものを学び取ることができるという利点がある、ということだ。

この上司は、人間的には問題があるが、仕事は確かにできる。その良いところを評価し、学んでいきたいと思っている。

以上が、発見した日記からの引用です。

当時の、上司との確執がよみがえってきました。

結果から言うと、かなりの時間を要しましたが、その上司との関係は好転し、お互いに認め合えるようにはなりました。

なんか日記には、そうした仕事以外のことも、いろいろと書いてあります。特に、当時がんばっていた宗教団体のことが多いですね。

40代の頃の日記なので、今の僕から見たら青いのですが、まあその頃はそのころで、懸命に生きていたのでしょう。

終わってみれば、悩んでいた自分がかわいらしくも見えます。

まあ、僕も、年を取ってきたということでしょうね。

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