年金を払っていない時期が、空洞でもあり、また、僕の青春でもあった

かつては、将来受け取れる年金を月7万円と予想していました。

それが、今現在は、9万円に上方修正されています。

この理由は、介護離職するまで働いていたビジネスホテルで、厚生年金とは別に、旅行業界の年金基金に入っていたからです。

この基金は解散していまはありませんが、そこでの支払い分が厚生年金に加算され、将来受け取れる年金が、月に2万円ほど増えたわけですね。

この2万円は大きく、生死を分けるとまでは言いませんが、かなり大きな意味を持ちます。

今にして思えば、基金に加入していた社長に感謝、です。

もっとも、人間とは勝手なもので、当時は、余計に給料から天引きされる分、何だよ、と、思っていたものですが。

しかしそれはいいとして、一昨年、参加した同窓会では、大半のクラスメイトが、僕の2倍か、それ以上の年金受給予定であることが判明。

まあ、人と比較しても仕方がありません。

すべては、自己責任。

僕の場合、まともに仕事に就いたのが35歳と、圧倒的に遅く、それまでは、厚生年金をほとんど払っていないような、放浪生活。

国民年金のほうも空期間が長く、また、統一協会というカルト宗教の専従だった二十代の間も、丸々空期間となっていて、また、カルト宗教とは別に、日本各地をフリーターをしながら移り住んでいた期間も、年金、何それ? みたいな。

まあ、そのおかげで、年金は少ない分、楽しい、刺激的な、同時に苦しい、悲惨な、18歳から35歳までを過ごしたわけで、その、ほぼほぼ年金を払っていない時期が、空洞でもあり、また、僕の青春でもあったわけで、それも人生だと思っています。

お金は大切ですが、お金以上に大切なものを、心に蓄えることができたのですからね。

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