時間があることに気を緩めず、内的な生活へ

昨日は、午後、Aさんが、我が家を訪れてくれたため、4時間ほどの対話の時間を持つことができました。

Aさんとの対話

まずは親の介護の話から始まり、共通の友人の話、さらには世界情勢にまで及びました。Aさんは、これまでの人生で、仕事に比重を置いた時間を過ごしてきており、今後、いずれ職場から退いた後の人生にも思いを馳せていました。

知的欲求が強いAさんは、膨大な自由時間を持つと、知的欲求三昧に走ってしまうことを危惧していました。何ごとにおいてもバランスが必要であり、それは、たとえ良いことであっても、そのように考えているようです。

生活におけるバランスの重要性

確かにバランスは重要です。バランスが崩れると偏りが生じ、そのわずかな綻びからあらぬほうへと事態が進展しかねません。

Aさんは、たえず自分を見つめている人なので、日々の生活の中に内省が入っているように思います。

そのようなAさんの慎重さ、堅実さというものは、僕も学んで取り入れていかねばと思っています。

時間への驕りを自戒

Aさんは、自宅にテレビを置いていないそうで、そのことは、内省的な生活に、少なからず貢献しているように思います。

なぜなら、ただでさえ忙しいAさんにとって、テレビを見ることはかなりの時間を奪うものだと思うからです。

早期リタイアで、現在母の介助生活をしている僕などは、時間には恵まれていますが、最近、自分自身、時間に対する驕りがあるのではないかと、反省しています。

各種の驕りについて

若いときは、若さへの驕りがあり、お金や地位を持つと、そうしたモノへの驕りが出てきがちであるのが凡庸な人間の常ですが、僕自身、時間に余裕があることへの驕りがあったように思います。

自由に使える時間があることはありがたいことで、その時間を怠惰に過ごすのではなく、少しでも自分の心の糧になることに使いたいと、改めて思った次第です。

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