グレゴリオ聖歌を、ときどき無性に聴きたくなります

父が昨年他界したあと、内省的な時間が増えたように思います。そうした中で、深夜に、グレゴリオ聖歌を聴く時間が増えました。

楽器というものを一切使わず、ただ、人の声だけで、神聖な雰囲気を醸し出すグレゴリオ聖歌には、不思議な魅力があります。人間の声帯というものは、すごいものだと改めて感じます。

昔、インターネットでキリスト教の放送を聴いていた時期があります。昔ほどではありませんが、今でも、月に一度くらいはその放送を聴きます。FEBCという番組です。

その中で、「神からのメッセージ、グレゴリオ聖歌」というコーナーがあり、そこでグレゴリオ聖歌を知り、自分でもCDを買ったりして聴いていました。

FEBCの放送を聴いているときに知った、聖グレゴリオの家にも、何度か行ったことがあります。東京の東久留米市にある聖グレゴリオの家は、建築も素敵でしたが、聖堂で歌われる、グレゴリオ聖歌に、魅せられたものでした。

カトリックではミサと呼んでいますが、そのミサの中で、グレゴリオ聖歌を歌うのですね。ラテン語なので、何を言っているのかはわかりませんが、とても、心が引き締まるのを感じます。

僕は、グレゴリオ聖歌を歌うことはできませんが、皆さんが歌っているのを聴いているだけで癒されたものです。

普段は、ジャズやボサノバを聴くことが多いのですが、ときどき無性に聴きたくなるグレゴリオ聖歌の魅力は、上手く言い表すことができません。ただただ、厳かな気持ちになって、内省的になれるのです。

そして内省的になると、深く、物事を考えられるのです。現代は、ただでさえ情報量が多いので、ときどきでも、一人静かに、考え事をする時間は必要です。

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音楽は、僕にとって、ときどき、ものすごい癒しになります。かつて、会社員として働いていたときに、仕事や人間関係で疲れたら必ず沖縄民謡を聴いていました。沖縄民謡の、サンシンの音色が、とてもやさしく心にしみてきて、「なんくるないさー」という気になれるのですね。

だからずいぶん、音楽には助けられています。

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