欲望を離れると、楽になる

連日の猛暑で体調を崩している人もいるかもしれません。僕も多少はバテ気味ではあるのですが、介護離職後の社会復帰に選んだ仕事が一日5時間の労働だったために、疲労の回復はしっかりとできているように思います。

もしフルタイムの仕事についていたら

介護をきっかけにしてミッシングワーカーになる人もいる中、母の49日法要を終えてすぐに職につけたことは、ラッキーでした。そしてさらに言えば、フルタイムという欲を出さなかったことが今の自分を守っているように思います。

自分を客観視した結果、長い時間の労働は無理であると判断しました。そして、短時間のアルバイトを選んだのですが、それが可能となるためには一つの前提があります。

それは、支出の多い生活を抑制すること、です。

離欲こそが最上の道

欲望は、押さえようとすると苦しみを生じます。僕の友人で、障害者年金をもらいながらソープ通いをやめられずにいる者がいます。先日見た彼のブログで、大切な定期預金を解約したことが書かれていました。ソープに行くため、つまりその欲望に引き摺られての解約です。

当然、そこには葛藤があり、その苦しみが記されていました。生活が破綻するのではないかという不安と、ソープに行くことを抑えられない苦しみが書かれていました。

それは、喉が渇くからと言って海の水を飲むようなものです。僕も、自分なりのアドバイスはしたのですが、「質素な生活の価値」を彼に理解してもらうことはできなかったようです。

欲望があり、それを抑え込もうという行為は、大変な力とエネルギーが要ります。

しかし、欲望そのものから離れてしまったらどうでしょう。仏教的には、これを、離欲、と言います。

僕も自分自身を見つめ、フルタイムで働くという欲から離れました。そして今、平日に、半日ほど働く生活をしているのですが、そのことがかえって自分を守っています。この猛暑から回復する体力を守り、その結果、今の生活が無理なく維持できているのだと思います。

ことほど左様に、離欲は自分を守る道であり、心に平安をもたらす道でもあるのです。心が平安であれば、思考が乱されることもありません。長いこと、軽率な人生を歩んできた僕ですが、今では、離欲が僕に安らぎを与えてくれています。

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