朝方、霊夢を見る

霊夢を見るときは、映像が驚くほど鮮明です。細部までくっきりと見え、リアル感が半端ありません。まさに、この世と寸分変わらないのですが、この世以上に肌理が細やかな感じがあります。

さて、朝方に見たいくつかの霊夢ですが、思いだせるものから書いてみます。

霊夢の断片を順不同に

まず一つは、海。夏の海なのですが、皆、水着を着て遊んでいます。その中に一人の少女がいました。青い色の水着を着ています。しかし彼女自身、その水着が似合っていないことを知っているのか、どこか違和感のある雰囲気を出しています。

そこに、別の少女と父親がやってきて、少女に話しかけ、彼女自身が感じていた違和感をやわらげます。そして、海の中にあるその少女と父親の住むガウディの彫刻のような建物の中に皆で行きます。僕もその皆の中の一人です。

その建物の中にも立体的なプールがあり、外の海を見下ろしながらみんなで泳いで遊びます。遊んでいるうちに、少女の水着の色が変わり、その少女に、より近い色の水着へと変化します。より彼女らしくなったという感じでしょうか。

さて、別の場面では僕はドライブをしていて、崖の先端にあるかなり広い家に車を停め、そこでくつろいでいたのですが、ある家族がやってきます。総勢、15人ほどでしょうか。大人もいれば、子供もいます。

訊くと、かつてこの家に住んでいた家族だそうです。ああ、そうですか、ということで、僕は抵抗なく、その家族を招き入れ、子供たちは大喜びで遊びまわります。

僕は何人かの大人と話したのですが、その会話の内容までは、今は覚えていません。

さらに海の映像は断片的に続き、今年5月に亡くなった母が僕の車の助手席に乗っています。どこかの半島をぐるりと一周するドライブをしているようです。

車に乗っているのですが、半分、空を飛んでいるような感覚があります。それはおそらく、かなり遠くまでを視覚的に認識できているからのようです。

ものすごい疾走感なのですが、車というよりもリニアのように、路面から浮かんで走っている感じです。どこかに向かっているのですが、どこに行こうとしているのかは、今は思いだせません。

さて、別の映像では、僕は海辺の別荘のようなところに泊まっているのですが、夜ふらりと散歩に出ました。すると、素敵な喫茶店を見つけ、中に入りました。

店の片隅の席に着き、アイスコーヒーを飲んでいるのですが、半分眠っているようなリラックス感に包まれています。あとから一人の若者が入ってきて、奥のカウンターに座り、何やらそこのマスターと話をしています。話の様子から、何かにこだわりのある店のようです。

今度は女性が入ってきて、また、奥で談笑が始まりました。僕は、というと、一人で、とてもリラックスしています。

やがて僕はトイレに行き、また自分の場所に帰ってきたのですが、気がつくと僕の前には一人の若者が座っていました。僕は自分の椅子に座って、しばしまどろんでいたのですが、どうやら自分がいた席は違うのではないかと思い、目の前の若者に訊いたら、そうであることがわかり自分の席に戻ります。

アイスコーヒーがなくなっているのではないかと思ったのですが、それはそのままあり、また、僕はリラックスに入っていきます。

気がつくと、店内はどんどん人が増えています。僕も立ち上がり、人の輪の中に入りました。近くの農家の人が持ってきた自然農法の野菜を使って、これから料理をするところでした。

霊夢の見極め方

つらつらと、思いだせるままにとりとめもなく書いてみましたが、時系列はバラバラです。ただ、海の青さ、空の青さ、そしてその鮮明さは、この世のもの以上かもしれません。

うまく言えませんが、より本質的な海であり、より本質的な空であるような気がします。シルバーバーチが、霊界のほうがこの世以上にリアリティがある、と言っている意味がわかるような気がします。

霊夢の場合は、きわめて鮮明で、細部までくっきりとしていて、リアリティがあり、アフィニティ(親和性)が強い人たちが登場してきます。

これは、あなたも僕も、死後赴く世界は、自分の性質、難しい言葉で言えば、自分の霊格に合った世界に行く、ということを連想させます。

霊夢を見るときは、リアリティとアフィニティがセットです。そして自分の感覚が、通常よりも広がっています。このような稚拙な表現しかできないのは残念ですが、だいたいの感覚だけでも伝えられたら幸いです。

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする