株式投資の二次的な恩恵はひろゆきみたいに物欲が少なくなること

ひろゆきと言えば、頭もよく、かなりの資産を持っているうえに、堅実な暮らしぶりで、知られています。

知られています、と言っても、ひろゆきを知らない人も多いのですが、特に年寄り、とか。

まあ、それは良いとして、僕は欲しいものがあまりないのですが、こういうことを言うと、何やら聖人君子っぽく受け取って、何気取ってんだ、みたいに思う人もいるかもしれませんが、無いものはないのだから仕方がありません。

事実僕は、聖人君子などではさらさらなく、いたって俗人です。

で、その俗人の僕が物欲があまりないのは、たぶん、株をやっているからなのではないか、と思ったのですよ。

で、何が言いたいのかと言うと、良い銘柄を、自分の納得する指値でゲットできた時の快感は、たぶん買い物依存症の人が買い物という一瞬に快感を覚えるのに似ているのかな、と。

ただ、買い物依存症は、買ったときの快感がピークで、家に戻ったら、買い物袋をそのままにして放り投げたりするそうです。

だけど、株は違います。

二度も、三度もおいしいのが株です。

どういうことかというと、良い銘柄を買えた時の快感だけでは終わらず、それが値上がりするのを見る快感、そして、配当があれば配当を受け取る快感、さらに株主優待があれば、それを受け取る快感、さらにさらに、値上がり後の利益の膨らんだ株を売却して、実際におかねをゲットするときの快感、何と快感の波状攻撃が待ち受けているのですよ。

でも、いいことばかりはありゃしない、と清志郎が歌っているように、株は損をすることもあります。

でもよく考えれば、リスクなしに快感だけ得る、利益だけ得る、ということ自体が虫が良すぎやしませんかね。

リスクを取って初めて、快感も利益も得られるのですよ。

また、得るばっかりの人生はおもしろくねえんじゃね、とも言えます。

失ったり、得たりを繰り返しながら、人は学んでいくものなのではないのか、と思うのですね。

で、話を戻すと、株をやっているおかげで無駄遣いというか、欲しいものがあまりなく、必要なものは買いますが、生活は簡素で、家計は引き締まっています。

株とは、実に有難いものです。

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